貝児(かいちご)
嫁入り道具のひとつに「貝桶」というものがある。貝合せ(名前的にヤバくないか)や貝おおいといった遊びに使う
貝を入れておくもので、これが古くなると貝児という妖怪に変じるのだ。変じて何をする、とも書かれていないが、
絵では山田花子か和田アキ子みたいなツラの子供が箱か屏風のようなものから体を伸ばし
置いてある貝を取ろうとしているように描かれている。貝に対する妄念のようなものが実体化したものであろうか。
絹狸(きぬだぬき)
八丈島では黄八丈という上質の絹が作られているが、それを打つ音をさせるのが絹狸らしい。もっとも姿を見た
人がいないので、本当に狸かどうかはわからない。姿が見えないことから「幽霊狸」などとも呼ばれる。
「ぢゃあ狸かどうかなんてわかんないじゃん」と思うのももっともだが、昔の人はわけのわからないことがあると
とりあえず狸のせいにしておこうということにしてお茶を濁していたのでしょうがない。
鬼髪(きはつ) ![]()
日本女性の黒い髪の毛は非常に美しいといわれてきた。鬼髪とは、その美しい髪に宿った女の執念の妖怪
である。また、かの有名な貞子を見るとわかるように、長い黒髪というものは非常に恐ろしさをも感じさせるもの
であろう。顔が見えないとなおさらである。幽霊を連想させるからであろうか。
この鬼髪にとり憑かれていると、髪の毛が日に何十センチも伸び、切っても切っても生えてくる育毛剤も真っ青な
効果だけでなく、その髪が勝手に動いたりするらしい。
でも現代にはいそうもないよなぁ。特に渋谷とか行くと。
経凛々(きょうりんりん)
昔、信誓阿闍梨というえらい馬鹿者がいて、あるとき、「自分は幼いときより法華経を読破し、法を修行したが、
この功績は偉大なものに違いない。だから悪行を犯さないうちに死んでしまおう」などととち狂ったコトを
考えて毒薬を飲もうとした。だがどんな毒でも一向に死ねそうにないので、「これは自分が余りにも偉大だから
死ねないのだ」と悲観していた。
あるとき疫病が流行り、阿闍梨もその両親も危篤になった。阿闍梨の夢の中に鬼神が現れ、「阿闍梨だけは
法華経の持者だから」といって両親だけを冥土に連れていってしまった。
阿闍梨は悲しみ、ひたすら法華経を読んでいると、法華経の第六巻が空中を飛び(コレが経凛々と呼ばれている)
「お前の心に免じて両親を送り返す」といい、両親は生き返った。
最後だけ見ると感動モノだが、どう考えても頭あったかい人の妄想の産物であるとしか
思えないのは罰当たりですか?
沓頬(くつつら)
瓜畑で瓜を盗む沓(靴)の妖怪と、スモモの木の下でスモモを盗む頬(冠)の妖怪を合せて「沓頬」と呼ぶ。
中国は鄭瓜州の瓜畑に現れたという妖怪をもとにして石燕が描いたもの。
鞍野郎(くらやろう)
えらく人間くさい名前の妖怪。源義朝の家臣であった鎌田正清という武士が長田忠致の策略により暗殺された
ため、その時の恨みが馬の鞍に憑いて妖怪になったものと思われる。他にも憑くものはあるだろうに、なにも
よりによって鞍に憑かなくてもよさそうなものだが。
ちなみに宗教学者の鎌田東二氏は、この鎌田正清の子孫で、幼い頃この話を知ってから神や妖怪を研究し
始め、遂には宗教学者になったのだそうだ。
五徳猫(ごとくねこ) ![]()
猫又の一種で、普段は普通の猫のフリをしているが、人がいなくなると囲炉裏や火鉢に自分で火を起こすと
いわれる。
秋田県の久保田城下に中沢某という侍がいた。猫好きで五匹もの猫を飼っていたが、奇妙なことに人が死んで
お悔やみに出かける時に必ず猫を連れて行き、こっそりと死人の気を吸わせていたという。死人の気を吸った
猫はやがて人語を解するようになった。ある日、中沢は芝居を見に出掛けたのだが、残された妻は猫に向かって
「あたしもお芝居に行きたいのにねぇ」とつぶやいた。すると猫は「あんなどさ回り、俺がもっと上手にやってやろう」
と言って芝居を始めた。妻は夫の奇妙なことを知らなかったのでまさか猫が語るとは思わなかったのだろう、
ひどく驚いたが、芝居のお礼にと猫とヤってしまう(オイ)。だが妻の浮気がやがて評判となり、しばらくすると妻は
喉を食い千切られた死体となって発見されたという。
琴古主(ことふるぬし)
昔、景行天皇が九州を訪れたとき、佐賀県神崎郡南部の平原を通った。そのあたりは雑草が茂り、非常に
平坦な土地であったが、天皇は何を血迷ったかここで宴会を開きたいと思い、「地形から考えて丘のないはずは
ない。充分に探せ」と命じた。捜索の結果、一つの丘が発見され、そこで宴会を行った天皇はおおいに満足して、
1張の琴を記念碑代わりに丘の上に立てた。すると琴は変形して一本の樹に変ったという。それ以来、夜更けに
この丘を通ると琴の音色が聞こえてくるようになったという。そしてこの樹は「琴古主」と呼ばれるようになった。